魯達と関勝の問答:治安がいいので、雄州には役人の不正がはびこる

政治家や役人の腐敗は、日本にかぎらず、どこでも起きてしまいますね。

権力は腐敗するという有名な言葉もあるように、しょうがないと諦めてはいられません。ここは、北方水滸伝から名将として名高い関勝(かんしょう)殿に登場してもらいましょう。

治安が良ければ、役人は不正をする:関勝と魯智深

治安が良ければ、役人は不正をなす。

北方水滸伝の関勝(かんしょう)のお話は、政治と軍隊。治安と不正の関係を考える上で参考になる物語。

関勝と魯智深(ろちしん)の問答

ちなみに、ここでは、魯智深は、魯達(ろたつ)と名乗っています。

水滸伝第七巻:烈火の章の中では、宋国の将軍である関勝は、戦に強い名将。しかし、中央政府に反抗的であるということを理由に、きちんとした待遇を受けていません。中国の辺境、雄州の地方軍司令官にすぎず、彼の能力をもってすれば、満足できない仕事。

しかし、関勝は、政府や世間に投げやりな気持ちを持ちながら腐らず、自分の本分である軍隊育成と外敵の討伐に集中。

誰にも文句を言わせないとばかりに、見事に仕事をこなします。でも、不遇な身の上は変わらず。世の中は、乱れ、盗賊が横行。役人は不正や賄賂で、腐敗しきっているため、関勝も世を憂いながら、日々を過ごしていました。

魯智深の耳が痛い指摘

そこに、現れたのが、反乱軍である梁山泊のスカウトマン=魯智深。

彼は、関勝が、民のことを考えていないと指摘します。関勝は、民を守ることを使命とする軍人。そのため、なぜ、俺が民のことを考えていないのだと魯智深に問いかけるのです。

それに対する魯智深の答えが秀逸

軍がしっかりすると治安が良くなる。 治安が良ければ役人ども安心して不正をなす 。雄州は、他より役人の不正が多い。 他では不正をした役人は、賊徒に襲われたりするので用心しながらやらなければならんが、ここはやりたい放題だ。 賊徒など一人もおらんのだからな。水滸伝7巻烈火の章

役人の不正より賊徒の方がいいのかと問う関勝。

民を襲わない賊徒なら、強すぎる軍よりましだな。政治が腐っているのに軍だけしっかりしたところで始まるまい。だから関勝は馬鹿ということになる。役人に不正の温床を作ってやっているようなものだ。

名将に対して、馬鹿と言い切る魯智深。関勝自身、確かに一理あると考えます。

治安が良ければ役人の不正が増える。 なかなか難しい問題ですね。 賊徒という暴力が 不正を止めるブレーキになるのは、現代社会では、少ない話です。ただし、発展途上国や新興国においては、このことが正しいのではないかと思う事件も生じます。

実際、腐敗した政治を打倒するために、軍部がクーデターを起こす事例もしばしば。もちろん、それが良いかどうかは賛否両論ですし、民主的な政権交代が正しいのは、誰もがわかっています。

不正を止めるためのモラル。それと悪いことをすると罰せられる。この二つを機能させることの方が重要ながら、そこまで達していない場合のことを考えるとうなずいてしまう自分もいます。

米騒動や打ち壊し

例えば、江戸時代の米騒動や打ち壊しの話を思い起こさせます。飢饉なのに、大商人は役人と結託して私腹を肥やす。そんな大商人と役人に対して、天誅をくだすのは、庶民達の暴力という正義。

この打ち壊しが不正をする輩にだけ行えれば、商人や役人の不正もなくなります。なかなかそうも行かず、まっとうな人が被害を受けるケースもあるでしょう。

そして、打ち壊し自体も罪ですから、軍隊や警察が強すぎて、打ち壊しができない状態だと不正がはびこる。政治が腐敗しているのに、軍隊だけが強い。それでは、庶民はたまったものではありません。

幸い現代日本では、役人の腐敗や不正があっても、 刑罰がそれなりに機能しています。そのため、関勝のようなことはないと思いたいところです。。

 

 

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