新興宗教と既存宗教の違いとは?歴史とストッパーの有無!

宗教は、一概に悪いことではないと思います。人間が共同体を運営する中で、共通の倫理観・道徳を持っていなければ、ルールも秩序もなくなってしまいます。無宗教と言われる日本人も、一定の道徳観・モラルが共通しているのは、神道・仏教をはじめとした宗教や昔話から、善悪を学んでいるからでしょう。

さて、それでは、既存宗教とカルト系と言われる新興宗教は、いったい、何が違うのでしょうか?

長く生きてきたキリスト教やイスラム教、仏教などの宗教とオウム真理教などは、どのような違いがあるのか気になりますね。カルト宗教にはまり。周囲と距離ができたり、関係を断ち切られたりしないように、危ない宗教の特徴を知っておくことは、大事な意味があると思います。

既存宗教と危険な新興宗教の違い

新興宗教のすべてが悪いわけではありません。しかし、怪しい新興宗教が多いのは確かです。その理由の一つは、パッチワーク宗教であること。

パッチワーク宗教でリミッターやストッパーがない

多くの新興宗教は、様々な宗教や哲学から、教祖の考え方にあった哲学や教義を取ってきます。そのため、つまみ食いと言われることも。そして、このつまみ食いの教義と神秘体験が重なるとストッパーが効かずに危険な道へと踏み込んでしまうことがあります。



浄土真宗本願寺派・如来寺住職の釈徹宗氏は、現代霊性論で、オウム真理教のことをこう語っています。

密教の体系の中の自分たちの都合のいいところを都合のいいときだけ使っていました。密教というのは、都合の良いところだけ持ってきたら非常に危ないところがあります。それこそ、殺人だって正当化されるような教義だって組み立てられます~ところが、密教をきちっと順序どおりたどっていくと、宗教が持つ危ないトラップに対して、リミッターやストッパーがかかるように出来上がっているんですね。

これが、いいとこ取りのパッチワークの怖さ。しかも教祖が、自己愛や妄想の塊のような人物だとすれば、これは危険ですね。まともではない人物が、様々な宗教のいいとこ取りをした結果、どんなとんでもない教義が出来上がるか想像すれば、恐怖でしかありません。

ポスト新宗教は、自分の体験を重視する傾向

同じく。如来寺住職の釈徹宗氏によると、自分の体験を重視する傾向が強い。神秘体験を大変なことのようにやたら言う

例えば、禅や瞑想を実践すると、幻視や幻聴・何かの啓示など神秘体験的な現象が起きる。でも、それは生理現象として必ず起こるものやから、そこに本質はないから気にせず捨てていけ、それに足を掬われちゃいけないと、ちゃんと教えます。

新興宗教の教祖は、やたら、奇跡や啓示を強調します。さらに、信者の体験談をこれみよがしに宣伝する傾向にありますよね。確かに、信仰心が奇跡を起こすことはゼロではありません。でも、それは、たまたま他の様々な要因が重なった結果、起きたことではないかと深く考えを巡らすことが大事ではないでしょうか。

そして、釈徹宗氏が、神秘体験を単なる生理現象だから、足を掬われちゃいけないということを教えるのは重要ですね。これを救いだと思いこむのは、まさに、足を掬われていることそのもの。

もちろん、古い宗教も最初は、新興宗教。日蓮も親鸞も一遍も同じ。迫害や弾圧を受けながら、社会に受け入れられるように変化していったから、残っていけたのだと思います。

しかし、その生き残るためのストッパーのない宗教が、オウム真理教のように、孤立や暴走する結果になっていく。そこが、新宗教と既存宗教の大きな違い。

新興宗教真理

新興宗教には歴史的な深さがない

キリスト教系の牧師も同じようなことを話しています。新興宗教には、既存宗教のような歴史的な深さがない。そこが大きな違いであると。

それは、ひとことで言えば、歴史的な深さがあるか、ないかです。

新興宗教は歴史的な深さがないため、そうした歴史的な深さを超越するために、心霊的・呪術的・魔術的な傾向を帯びます。宗教それ自体に歴史的な深みがないので、どうしても宗教的指導者の権威づけが必要とされることから、歴史を超越して、神的な存在と結びつけて、その宗教的指導者の権威づけを行うのです。

具体的な例をあげれば、ある宗教的な指導者が、「わたしはイエス・キリストの生まれ変わりである」ということを言うようなケースです。

永野 健一: 日本ナザレン教団の牧師

歴史的な深さのなさから指導者の権威付けを行う。そのために神秘体験や心霊的要素を付ける。

現世のご利益を約束する新宗教




安易に救いを求める気持ちから、現世のご利益を願う。ビートたけしの映画「教祖誕生」では、インチキ教祖による新興宗教の馬鹿げた話を描いてくれます。

昔のガマの油売りやインチキ美容液販売を思わせる。そう、「病気の治癒」や「商売繁盛」というのは、まさに新宗教の得意技であった。現世での御利益を約束して信者を増やしていく。逆に、「先祖を供養しなくては罰が当たる」といった類いの不安を煽る手法もある。これも裏を返せば、「先祖を供養すると仕事も家族関係もうまくいきますよ」ということだ。映画に見る新宗教~人はなぜ新宗教へと流れていくのか~

教祖誕生:wiki

これ。病気の治癒は、ほんと、新興宗教が得意とする話ですね。心の平穏や安寧ではなく、この病気や商売繁盛を目的とする時点で、かなり危うい新興宗教だと思った方がいいです。キリスト教や仏教などの既存宗教では、そんなことを言いませんからね。

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